吸収力ってけっきょくメタファーによるもの
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勉強しなくても勉強できたヤツ
昔、クラスに一人かんなり勉強できる子がいました。 彼はものすごーく勉強してたわけじゃないんだけど、成績はトップでした。
そんな彼のもともとの趣味は小説でした。
で、本を読むことがやっぱり大事って話で終わることもできるんですけど、それがどういう点が大事なのかってことです。
物事を理解するにはメタファーが大事
メタファーっていう言葉があります。物事の性質をほかのことで表現することです。「雪の肌」とかは雪のように白い肌みたいなことです。
で、知らないことを理解するときには、すでに知っていることで例えるのが一番学習コストを割かなくて済みます。
「あーあれみたいやな!」とか「あっこれってあれのこういう部分と一緒やん!」とかなると難しそうなことでもあっという間に身近になって簡単に感じることができます。
こういった非日常の概念が日常的に感じられることで学習のショートカットが可能なわけです。
本はメタファーのボキャブラリーを増やせる
本を読むと非日常が味わえますよね。日常生きてて川上からどんぶら桃が流れてくることなんてまあ、ございません。
そうすると、そのメタファーできる幅が拡がります。
これが本を読むと国語のみならず他の科目でも効いてくる。そういうわけな気がします。
こういうことをプログラミングの勉強をしてるときも感じるわけです。(プログラミングの場合もっと近いメタファーになるけど
これってあの言語のあれね!ってことがね。
だから世の中には頭の回転が早いとか吸収力があるとかっていうのはそういうことだと思います。
例えば1+1とかの計算の速度ってもう人間の演算力にはある程度限界があるわけですよね。 というわけで
123456789って段階的にやる人はあんまりメタファーを使って飛んでなくて 1239くらいに飛んでいける人がメタファーを使って学習コストを下げられる人
そういう人を頭いいとか吸収力とか言ってるわけね
でもそれは実は経験の差というか知識の幅の差で脳レベルの違いではないんじゃないのかなあなんてことを考えましたとさ。
まあそのメタファーを使えるのが知識の幅からかいつまんでくるやつじゃないのって言えばそうだ。
でもそれをどれだけ意識的に引っ張ってこれるか考えることが頭の良さとかの第一歩なんじゃないのかな
これはお笑いのツッコミとか他のことにも言えることだけど、そちらの方はまた別で書きたい。
さて明日は大阪ブロガーの集いです。
こういうイベントに参加するのは初で、ドキドキするわけです。 楽しめたらいいなーっ思って寝床につくわけです