世に蔓延する“6歳ぐらいの女の子”
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以下の記事を読みました。
伝えたいメッセージを文章にする、ということ - Chikirinの日記
ってわけで、自分のアタマで考えてみましょう
・いつもは行かない初めてのスーパーに入ったら、
・価格が驚くほど高く、周りの客の服装もいつものスーパーより、かなりハイソな感じだった。そして、
・「オーガニック納豆をください」と店員に話しかける “6歳ぐらいの女の子”を目撃した
という経験がお題らしいです。
これは具体的に言えば、関西在住のおいらの視点で見るとおいらが芦屋あたりのスーパーに足を運んだケースですね
ということで自分のアタマで考えてみたんですが・・・
まず、「オーガニック納豆をください」と6歳ほどの女の子が言っているわけですが、「多分オーガニック納豆がどういうものかなんてこの女の子分かってないんだろうなー」って思いました。
たぶん、有機の意味さえ知らされず
お母さん「オーガニック納豆は身体にいいのよ。普通の納豆じゃなくて、オーガニックの方を買ってきてね」
6歳のむすめ「そうなんだ!はーい」
なんて女の子が無知な感じで素直に聞いてる家庭的な風景が考えられます。
でもこういう構図って元々日本のメディアにもある構図ですよね
例えば、昔、某テレビ番組で納豆ダイエットをとりあげたところ至るところで納豆が売り切れになっていました。
しかしその後、そのテレビ番組でデータの捏造があることが分かりました。
これも情報を鵜呑みにしているところからきている話です。
オーガニックの野菜というものを考えてみても、有機の肥料に微生物による汚染リスクとかも考えられるので必ずしも安全ではないということも考えられるんじゃないでしょうか。
価格が高いもので、味がいいから買うとかだといいんですが、オーガニックだから価格が高くても買うというのは思考停止な気がします。
こうやって「オーガニック」という言葉をプラスの意味で広めたキャンペーンによって(仮の)付加価値をつけて価格をあげているマーケティングなんだろうなーって。
でもこうやって難しいことはなんでもいいから、これは良いよで通じてしまう構図は世の中に色々あるんだろうなと思いました。
母→娘へ
メディア→大衆へ
(他には、上司→部下へなんて応用編もあるんじゃないかな)
この一方通行の『とりあえず信じてみろ』という構図、意外と世の中にたくさんあるんじゃないかな。
世の中には、“6歳ぐらいの女の子”がいっぱいいる。
これ結局「自分のアタマで考える」ができてない人が多いってこと。
おいらなりの「自分のアタマで考える」をやってみました
というわけで、最後は
そんじゃーねー!
追記
でも、そういう分かりにくくて、なんとなくの理解に留めるものを簡単に説明するところにまたチャンスがあるのよねー。(池上さんとか)